昨年、2020年の東京オリンピック・パラリンピックが決定したIOC総会の最終投票直前、滝川クリステルによりプレゼンテーションが行われた。
その内容は、公共交通機関の充実度、街の清潔さ、治安の良さ、ミシュランガイドの星の多さなどに代表される東京の優位性のアピール、そして復興五輪だった。
また、IOCの第一公用語はフランス語という事だったので、彼女は流暢なフランス語で日本の様々な「おもてなし」の精神を説明した。
笑顔を絶やさず、原稿にまったく目を落とすことのない堂々としたスピーチは沢山の人の心を動かしたようで、最終投票で開催地は東京に決定した。
その結果は、日本にとってとても良いニュースになった。
そして、色々な事業がオリンピック・パラリンピックに向けて動き始めた。
その中でも今回は、3つの支援事業について取り上げていきたいと思う。
まず1つ目は、デザインとは全く関係の無いものだが、オリンピック・パラリンピックに纏わる複数の支援事業の1つの例となるものである。
それは、日本財団が設立した「日本財団パラリンピックサポートセンター」である。パラリンピック競技団体の多くは組織が脆弱で、自宅を事務所代わりに選手らが運営にあたるケースも少なくない。その為、競技団体の活動や選手の練習環境の充実を図れるよう、日本財団は約100億円を拠出した。
支援の内容は、東京都港区の日本財団ビルの1フロアを競技団体向けに無償提供する事や、各団体の事務所を集約し、センターの専任スタッフが通訳や経理、広報業務などをサポートするというものだ。
冬季パラリンピック競技も支援の対象で、サポート期間は大会翌年の21年までである。それまでに競技団体の法人化を進め、自立を促すという。
オリンピックの成功が無ければ、パラリンピックの成功もない。逆も然りだと私は考える。日本財団以外にも、パラリンピックを支援しようとする事業は幾つかあるが、こうして形になる支援は選手にとってありがたい事で、オリンピックを必ずや成功させよう、という日本の意気込みが感じられる支援である。
上記のような支援事業形態とは異なるが、デザイナーが関わった支援事業といえば、某アートディレクターの作成したエンブレムが盗作疑惑で白紙撤回され、公募が行われたという事も含まれるのではないだろうか。
採用者には賞金が贈られるのだが、応募要項やWebサイトによると、「作品に関する著作権、商標権、意匠権、その他の知的財産権、所有権など一切の権利を組織委に無償で譲渡」する事などが条件としてあげられている。また、「採用後の商品化に際して、採用作品の応募者にロイヤリティ等は発生しませんし、応募者の名前も明記されません」となっている。
このように、コンペ形式の際、発注者側は複数のクリエイターから候補作品を得られるメリットがある一方、作品が採用されたクリエイター以外には、候補作品を制作した対価が支払われないことが殆どである。採用される“見込み”をインセンティブとしてクリエイターの才能を都合良く利用するものだとして、こうしたスペックワークは、米国を含む様々な国のクリエイターから批判が集まっている。
これは一種のボランティアのようなもので、多くのクリエイターが創造的な才能を費やした時間に対し、組織委は対価を支払っていない。応募者が全てデザイナー、クリエイターではない事は勿論だが、製作に見合った対価が得られる保証はどこにもないのだ。
しかし、エンブレムというのはオリンピックには必要不可欠なものである。
見合った対価を貰えない事は承知の上でコンペに応募するクリエイターの志は、オリンピックを何らかの形で支援している事業と、然程変わりは無いように思う。
この公募に集まった沢山の作品と批判は、東京オリンピックへの期待や、スペックワークの問題点など、肝に銘じておかなければならない事を呈したものとなったと感じた。
最後に取り上げるのは、グラフィックデザイナーの福島治が手がけるソーシャルデザインについてである。
彼の言うソーシャルデザインとは、コミュニケーションデザインという枠組みでデザインの力を社会の課題解決に役立てる事だ。この分野は世界で発展しているものの、日本ではまだまだ遅れているようで、あまりイメージが付かない方も多いだろう。
そこで、彼の活動歴を調べてみた。
すると、「祈りのツリーproject」や「やさしいハンカチ展」「ギフトホープ」など、様々な事業があった。
簡単に説明すると、「祈りのツリーproject」とは、震災により被災した子どもたちに笑顔を届けるべく、クリエイターひとりひとりの祈りをこめたオーナメントで飾られたクリスマスツリーを被災地に贈るプロジェクトだ。宮城県の気仙沼市に飾られた大きなツリーは、その後復興支援のシンボルになったという。
その他、「やさしいハンカチ展」は、日本グラフィックデザイナー協会の復興支援チャリティ。「ギフトホープ」は、世界中のデザイナーがNPOをモチーフにデザインしたTシャツをインターネットで販売し、 その利益をNPOに還元するというもので、デザイナーの支援事業としてかなりの成功を収めた。
この活動により、デザインが広い視野で捉えられるようになった。
そして彼は、デザインの力で新しいオリンピックを提案したいと考えた。
近代のオリンピックでの革新的変化は、「オリンピック・パラリンピック」になったという事である。世界の中で、パラリンピックを応援しようという機運も高まり、存在感が増したようにも思う。
彼はそこに注目した。
しかし、パラリンピックの選手たちは冒頭でもお伝えした通り、資金難に苦しんでいる。来日するだけで精一杯で、観光なども出来ずに大会に参加するだけになる選手が殆どである。
行政や国、企業は、オリンピックをビジネスとして見ている事が多い。そこで、市民の力とデザインの力で「市民の力でパラリンピックの約6000人の選手を全員無料で日本の観光に招待する」という案を提案した。
これは、東日本大震災の時、世界は東北という括りではなく、日本という国に対して支援を行った。この機会に、日本国としてそのお返しをしよう、という案だ。
資金調達としてはクラウドファンディングが有力であると考えられている。この案は現在進行形で、コンテンツが成り立った例ではないが、この案が実現できれば、日本は「世界最大のおもてなし」をした事になる。
この他にも、オリンピックの為に日本に訪れた観光客を案内するボランティアスタッフの募集や、そのスタッフが着るユニフォームのデザインコンペなど、様々な事業が動き、様々なデザイナーがオリンピックという世界最大の祭典に携わっている。
東日本大震災、そして先日の熊本での震災。
日本で自然災害が起こるたび、支援をする国、人、事業がいる。
ニュースでは良く見る光景になってしまったが、それは決して当たり前の事では無い。
オリンピック開催に厳しい声もあがっているようだが、オリンピック・パラリンピックを成功させる事が海外への感謝の気持ちの表し方の1つとして繋がり、また、ソーシャルデザインの観点から言うと、様々なユニバーサルデザインに予算が投資されれば、オリンピックが終わった後も日本にとって「やってよかった」「作って良かった」と思える祭典になるのではないだろうか。
これらが全て実現できた時、日本は持続可能な社会になると、私は考える。